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まあ思いついたことをつらつらと書き綴っています(写真は奥多摩から見た富士山)。


by M.M@Kanagawa
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<   2011年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ここ数日,白石一文さんという小説家が,Twitter上で「本を図書館で借りないで,購入してほしい」という趣旨のツィートをしていることが話題になっているようです。

どうやら,一般の読者が本を買わずに図書館を利用することで,自らの著作によって得られるはずのインセンティブが低く抑えられやりきれないということをおっしゃっているようです。

作家が得られる収入は一般に考えられているほど高くはなく,400字詰原稿用紙500枚分の長編小説が初版5000部,1,500円で発売された場合,完売したとしても実際に作家が受け取るのは750万円の1割の75万円でしかないということを吐露されています。

で,「皆さんが図書館を利用すると良心的な作家ほど行き詰まる」という論調で,本を買ってほしいということをおっしゃっているわけですが,私は「それはちょっとおかしいんじゃない?」と思うのです。

まず第一に,なぜ図書館に納入すると本が売れなくなるのか?という点。

こういう主張は,「出版不況」が出版業界の中で叫ばれるようになってから起こってきたように思われます。
本が売れなくなるという事態がクローズアップされる以前は,図書館を利用しないで本を買ってくれというような作家の主張にお目にかかったことはありません。

私が知らないだけなのかもしれませんが,「出版不況」が叫ばれる前には公の場で「図書館で本を借りないでほしい」というようなことを主張する作家はいなかったのではないかと思います。

どちらかというと,図書館に自分の著作が置かれる事を誇りに思う著作者のほうが多かったのではないでしょうか?

全国の図書館に自分の著作がストックされるということは,その著作を読みたいと思う人が少なくとも一人はいることを示していますし,広く自分の著作が読まれる可能性があるので,むしろ作家にとっては好ましいことであったはずです。

それに図書館で読んだ著作を気に入ってファンになる人もいるわけで,読者獲得の機会を提供する場となっているのですが,そういったことには目が行かないようです。

図書館で試し読みして気に入ったら蔵書にするという人もいるでしょうし,大体気に入った作家の作品は自分の手元においておきたくなるものです(かくいう,私がそうです)。

どうも,図書館で本を無料で貸し出しているという事実に対して過剰に反応しているような気がします。

そして第二に,なぜ著作から得られるインセンティブが低く抑えられているかという点。

これは,図書館が存在することと全く別次元の問題です。
作家に対する報酬(原稿料・印税等)は出版社との間の契約によるものであって,それによって年収が75万円にしかならないということと図書館が存在することには全く因果性がありません。
さらに,初版部数を5000部しか刷らないというのも出版社の判断,本を1,500円で売るというのも出版社の判断であって,図書館が無料で本を貸し出していることとは全く関係ありません。

基本的に図書館および図書館を利用する人々に対する誤解があるために,このような主張をしているのではないかを思われます。

もし,全国の国公立・私立・大学図書館に自分の著作が置かれるようになったとすれば,初版分5000部などは即座に売り切れて重版になりますし,図書館で読んだ作品を気に入って,その後に発刊される著作を買ってくれる読者が増えるかもしれないと考えれば,図書館を自らの作品を売り込むセールス・プロモーションの場として活用することを考えた方が,より建設的だと思います

最後にもう一つ。

「本を図書館で借りないで,購入してほしい」と主張する人々の図書館に対する認識は一面的で,図書館の役割,機能を充分に理解していないという点。

彼らは,図書館は著作物をストックする場だと理解しているようですが,それだけではありません。

図書館は,集積した知識を一般に開放し,啓蒙するという役割があります。
だからこそ,無料または安価で著作物を貸し出すということをしているのです。

さらに,図書館は情報の提供・発信を行う情報センターとしての役割も担っています。
新刊本の貸出サービスを行っているのも,最新の情報を提供する情報センターとしての役割の一つとして認識されているのです。

彼らは,新刊本の貸出を少なくとも半年程度は留保してほしいという希望をもっているようですが,別に貸出を半年間留保したからといって本が売れるとは限りませんし,現に図書館で貸し出されている新刊本でも10万部以上を売り上げているものはあるのですから,とうてい図書館側に受け入れられるとは思えません。

彼らの発想の原点が「図書館で自分の著作が無料で貸し出されている」という事実に対する反感に基づいているため,図書館のマイナス面ばかりに目が向いてしまっています。

まずは,図書館というのは社会の共有財産である知識と情報を蓄積・保存し,それを提供する役割を担う場であり,作家の作品は社会の共有物でもあるという認識をもってほしいものだと思います。
by mmwsp03f | 2011-01-26 01:06 | 社会問題一般

睡魔とブログ更新

ブログ更新滞っていますね。

ブログ立ち上げた当初は毎日のように更新をしていたのですが、どうもここのところ、22時ごろに睡魔が襲ってきて、私を布団へといざなうことが多くなりました。
(´△‘)=3 どんどん老齢化していっている証拠ってことなんですかね?

いちおうブログ記事用のネタはあるにはあるのですが、ここのところ忙しい上に睡魔の攻勢により、陥落することも多くなってきました。
PC前にして、椅子に寄りかかりながらウツラウツラするのは日常茶飯事です。

ということで、今回はこのへんで。
by mmwsp03f | 2011-01-24 01:01 | 日々雑感

「学校」という閉鎖社会

現在の学校教育にはさまざまな問題がありますが、その中でも大きな問題として近年クローズアップされているのが、教員の資質に関するものです。

昨日15日に報道された下記の記事は、教師としての資質という以前に社会人としての資質が欠落している人物が起こした事件です(全文引用)。
【ストーカー中学教諭】3年生成績が外部流出 甲府
毎日JP:2011年1月15日 01時13分 (2011年1月15日 02時38分 更新)

教え子の女子生徒に09年1〜2月、ストーカーまがいの行為を繰り返していた甲府市立中の50代の男性教諭が同年3月、3年生全員の成績表処分を生徒に手伝わせ、流出していたことが、市教育委員会などへの取材で分かった。市教委は当時の女子生徒への行為を口頭注意にとどめ、成績表の外部流出も把握していなかった。

 市教委や学校関係者によると、流出した成績表は「素点表」と呼ばれ、3年約160人の定期試験5科目の点数が記されている。3年担当教員の進路指導用で、生徒指導主事だった教諭は他校への異動直前の3月末、顧問だった部活の3年男子部員に素点表のシュレッダー掛けをさせた。

 その際、部員が素点表を校外に持ち出し、内容を後輩に伝えたため、保護者から「成績が流出している」と学校に連絡があった。部員が「面白半分に持ち出した」と謝ったことから、教諭のずさんな行為が分かり、外部に漏れた素点表を回収した。

 一方、校長は教諭を口頭注意にとどめ、市教委に報告しなかった。県教委指針では、成績など職務上知り得た秘密を漏らすことは懲戒処分対象になる。

 市教委の調査に、教諭は流出経緯を認め、校長は「口頭指導で十分と思った」と釈明しているという。市教委の平井政幸・学校教育課長は「生徒に書類の処分を手伝わせるなど考えられない」と話している。【中西啓介】

この人物による事件から見えてくるのは、自らの教え子に対するストーカー行為を繰り返す非常識さや、個人情報の管理に対する認識の甘さというだけではありません。
学校あるいは教育行政という閉じられた環境が生み出している問題点でもあります。

このような資質の欠落した教員が起こす不祥事は後を絶ちませんが、なぜこのような事態が次々に起こってくるのでしょうか。

人を指導するのに必要な行動基準が彼らのうちに確立されていないからではないかと考えられます。
つまり、人を指導するのに必要な経験、コミュニケーションを通じての相互理解の方法などを身につける機会を持てずにきたからではないかということです。

このような社会経験が不足気味で生徒を指導するのに十分な資質を持たない人々が次々に採用されるのはなぜでしょうか?
そのことについて、私がTwitterでつぶやいてみたことをここで紹介してみます。

【以下Twitterでの連続ツィート】
このような教職員の不祥事が相次ぐのを知るにつけ、教育委員会の教員任用方法が不適切であることを実感させられる。ところが教育委員会はそのことを全く自覚していないので、教員の不祥事は絶えない>【ストーカー中学教諭】3年生成績が外部流出 甲府http://exci.to/fPg3FX

教員採用の選考は、相変わらず成績主義とコネが幅を利かせている模様。特に有力なコネがあると採用に有利だという情実任用の世界。教育行政の閉鎖性を払拭し、学校という閉じた世界を変えていくには、在野の人々が教育行政にもっとタッチできる仕組みを確立する必要がある。それは教員任用でも同様。

どうも学校の先生というのは世間ズレしている人が多いので、もっと外の世界を実地に体験させる必要があると思う。「県庁の星」というマンガがあったけれども、あれと同じように外の世界を経験することで自分が為すべきことを学んでいくことは、教職員にも必要なこと。

単に民間団体出身者を教員として採用したところで、彼らは学校という閉じた世界では少数派であり、彼らの意見やアドバイスが「学校は会社とは違うから」とかいう排他的思考によって潰されることも十分考えられる。より多くの教職員が学校外の世界での認識を共有することが、最も必要なことだと思う。

そもそも学校の教員に期待されていることは、知識の享受だけではなく児童・生徒への自らの社会経験の継承である。児童・生徒が実社会に出た際に生きていく術を教えていくことが求められている。ところが実社会での経験値の低い教員が教育の現場を占めているので社会経験の継承がうまくいっていない

結局、社会経験の乏しい学校教員が適切ではない指導を行っているがために、実社会に出て職場でのコミュニケーションもうまくできないような新社会人が多数輩出されることになる。

学校とはそもそも社会の縮図なわけですが、そこで働いている教職員や教育行政に携わる人々(教育委員会等)は、学校・教育の現場を一般社会とは違う一種独特な環境であると認識しています。
実は、学校外の社会にいる一般の人々もそのような認識を持っていることが多く、そのことが教職員に自分たちが「特別な存在」であると思わせる要因となっています。

最近ではあまり耳にすることはなくなりましたが、教師を「聖職者」であるというのも「特別な存在」だとの認識を示す考え方だったりします。

このような「特別な存在」という認識が学校内と一般社会に共有されることで、教師は「特別な存在」として振舞うことになります。
それは、独善的かつわがままな教師を生み出すことにつながることになりかねません。

教職員の中には人の意見を聞こうとせずに、自分のいうことに反論を許さない人をよく見かけます。
生徒から誤りを指摘されても、頑なにそれを認めようとしない教職員。
それが本当に人を指導するのに足る資質を備えた教師ということが出来るのでしょうか?

現場の教職員の皆さんすべてがそうだとはいいませんが、少なくとも不祥事を起こす教職員には教師としての資質以前に社会人としての資質に欠けているといって差し支えないと思います。

やはり、教育の現場を改善していくためには、一般社会との接点を増やすことが肝心だと思うわけです。
by mmwsp03f | 2011-01-16 10:53 | 教育

成人の日に思うこと

昨日と今日、各地で成人式が行われていますが、近年成人の日に新成人が羽目をはずして逮捕・拘禁されるという事件がよく報道されます。

【関連情報】
成人式「羽織、はかまなら刀」模造刀所持し逮捕(読売新聞:1月9日 17時57分)
泥酔運転、バイク蛇行…沖縄の新成人3人逮捕(読売新聞:1月9日21時59分)
沖縄で新成人逮捕 無免許や酒酔いで騒ぎ(社会総合 - エキサイトニュース)

まあ、昔から羽目はずして警察のお世話になっていた新成人は仰山いたわけですが、そのほとんどが急性アルコール中毒とかの成人式後の仲間内の宴会で無理したことが原因だったりして…。

近年の傾向としては成人式を妨害するというのがよく見受けられますね。
新成人の一部によるこのような事件は、ある意味、大人社会に対するアンチテーゼという性格を持っていたりします。

成人式で暴れるというのも、路上で警察官ともみ合うというのも、とうの昔に成人してしまっている大人たちが作り上げた社会の秩序に対する反発の現われなわけです。
中には、成人しても俺たちは今までと変わらないということを示したくて、このような行動をするのだとは思いますが、ところが変わっちゃうんですよね。人間って…。

やはり、ある程度経験を積むことによって分別というか社会的な行動基準というのが身についてきます。
特に暴走族などの集団行動をするような人たちは、社会秩序への順応性があるので意外と社会経験を積んで年齢を経ていくうちに無茶をしなくなってきます。
不良集団にしても暴走族にしても、集団を維持するため成員に規範(規範の代替としてのリーダーの命令)への服従を要求するので、これらの集団に参加していた人々は脱退後は自分が行動すべき基準を別のものに求めるようになります。

つまり、不良集団であれ、暴走族であれ、社会に適応して行動する方法を学習する機会を提供しているということになるのです。
その行動基準(少々難しい言葉ですが、これを「準拠」といいます)が変わることで、それまで反社会的行動をとっていた人々も、比較的容易に大人社会に順応していきます。

でもまあ、彼らはカリスマを求める傾向が強いので、自分が従うに値しないと考える大人のいうことには容易に従わないという傾向もありますが…。

問題なのは、一匹狼的な人、ひきこもりなどの社会的関係をシャットアウトしてしまっている人たちです。
彼らは、規範・秩序を受け入れることを拒否、または受け入れる機会を持たない(持てない)ため、集団行動に慣れている人々よりも思い切った行動をとることがあります。
つまり、自分の行動をセーブするリミッターが外れているか存在しない状況にあるわけです。

こういう人は、過去に集団から受容を拒否され、疎外され続けてきたので、容易に集団を受け入れようとせずに自分の殻に閉じこもる傾向にあります。
こうなってしまったのにはさまざまな理由が考えられますが、幼少時のトラウマとなっている経験(圧倒的多数は小学校や中学校などの就学時の経験)が非常に大きいようです。

このような孤立化を回避して、社会経験を享受できるようにしていくのが教育の役割だったりするのですが、それがうまくいっていないからこそ、ひきこもりが社会問題として未だクローズアップされています。

大人の側にそういう認識がないから、陰湿ないじめとひきこもりの問題は解決の糸口すら見つけられない状況になっています。

新成人に対して「社会人としての自覚と責任」を説くのが成人式での決まり文句になっていますが、実は「社会人としての自覚と責任」を説く側の大人の方こそ、自覚と責任に欠けていることが問題でもあります。

政治・経済のリーダーの姿勢を見ても、はっきりいって「社会人としての自覚と責任」をもって行動していると思える人がほとんどいないのが現状です。
この言葉は、新成人に対してというよりも、すでに成人してしまっているすべての大人に対して向けられるものではないでしょうか?

大人が「社会人としての自覚と責任」に基づいて行動していれば、わざわざ成人式で「社会人としての自覚と責任」などという言葉を発するまでもなく、子どもたちは大人の為りを見て、自ずとそのように行動するはずです。

「成人の日」とは、実は我々大人が自らの行動を反省すべき日なのではないでしょうか?(現代的な意味で)
by mmwsp03f | 2011-01-10 10:24 | 社会問題一般

新年のご挨拶

皆さま,新年あけましておめでとうございます。

さて新年第1弾として,1月1日元日に行ってまいりました箱根での「初日の出」を公開と思ったのですが,予定が狂って今回は「初富士」の公開と相成りました。

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■2010年1月1日7:05頃 国道135号線乙女峠バス停前にて撮影

もうちょっと離して見るとこんな感じ。
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富士のふもとに広がって見えるのは御殿場の街。

日本海側と西日本では大雪だったのにもかかわらず,神奈川と静岡の県境のココでは,全く平穏で快晴に恵まれました。
天候については,何故か他の地域に比べて好天に恵まれていますね。関東地方って。

d0104959_9511148.jpgd0104959_9394274.jpgちなみに神奈川県箱根町と静岡県御殿場市の境に位置する乙女峠は,撮影の時にはマイナス1度(ほんの1時間ぐらい前にはマイナス3度)でした。
私の持っているデジカメは,手ぶれ補正とかいう上等な機能が一般化される直前の機種なので,ボケ気味に写ってしまうのはご愛嬌ということで・・・。
どうも暗いところでの撮影は,うまいこと出来ません。

それはさておき,大混雑というほどではありませんでしたが,乙女峠には初富士拝みに来る人は結構いて,道の両側に車がびっしり。
非常識にも,二重駐車して社内からデジカメや携帯を使って富士を撮影するという輩まで出る始末。

初日の出は拝めませんでしたが,まあそれなりの収穫かと・・・。

代わりに昨年1月1日の初日の出をアップ。
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2010年1月1日 小田原(国府津海岸)

この後は芦ノ湖へ寄って,そこからまた富士山をパチリ。
d0104959_10165612.jpg
右手に見える鳥居のあるところが箱根神社。
当日は,参拝客が車で来ているもんだから国道1号は大渋滞。私が芦ノ湖に到着した7時45分ぐらいには約2キロの渋滞になっていた模様。
私が芦ノ湖から脱出する11時頃には「箱根やすらぎの森」あたりまで並んでいたので,約3キロの渋滞といったところ。

この渋滞は,多分毎年のことだと思うんですが,こうなることは目に見えているわけですから参拝者の皆さんはもう少し考えて行動してほしいものです。

≪1月1日の箱根で見かけた情景≫

翌日からの箱根駅伝のために,放送局のクルーがあちこちで撮影用機材の設営等を朝早くからやっていました。
たぶん,駅伝終了まで交替で詰めているんでしょうね。
撮影クルーの皆さん,寒い中ご苦労様です。

箱根町港に停泊中の海賊船。奥に富士山の頭がちらりと・・・
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元日の駒ケ岳(箱根の外輪山の一つ。箱根やすらぎの森より撮影)。平和な情景です。
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では,本日はココまで。
今年も当ブログをよろしくお願いいたします。<(__)>
by mmwsp03f | 2011-01-02 10:39 | 日々雑感