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まあ思いついたことをつらつらと書き綴っています(写真は奥多摩から見た富士山)。


by M.M@Kanagawa
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英語の習得は文化的服従になるのか?

最近の企業における英語公用語化の傾向に対する批判が,かなりあちらこちらで起こっていますが,この動きに呼応するかのように,立教大学教授の鳥飼玖美子さんという方が,『「英語公用語」は何が問題か』(角川oneテーマ21)という著作を出版されたそうです。

「英語公用語」は何が問題か (角川oneテーマ21)

鳥飼 玖美子 / 角川書店(角川グループパブリッシング)


【関連情報】
英語習得は本当に必要か?(コラム総合 - エキサイトニュース)

私は,エキサイトニュースに掲載されていた「新刊JPニュース」のコラムでこの著作を知ったのですが,実際にはまだ読んでいませんので内容に踏み込んで語ることは出来ません。

ただ,ちょっと気になる記述があったので,その点について考えてみました。

最も気になるところは,鳥飼玖美子さんが「現在の英語偏重ぶりを(中略)『英語帝国主義』」だと主張されているという点。

この「英語帝国主義」は,どうやらジョン・トムリンソンという学者によって一般化された「文化帝国主義」の概念を意識して主張されているもののようです。

文化帝国主義

ジョン トムリンソン / 青土社


ところで「文化帝国主義」とはどのようなものか。
一言で言うと,他の文化を自らの文化に従属させる文化的侵略のことです。

この文化的侵略は,支配民族の言語・文化体系を被支配民族に対して強制するような,あからさまなものの他に,さほど意識されずに徐々に浸透していった結果,文化的な従属関係が出来上がっているという場合もあります。

前者の場合は,文化的に支配される側が相手から強要されていると強く意識しているので反発し,かえって独自の文化を保持しようとする傾向が顕著になります。
後者の場合は,かなり巧妙で,かつ大きな効果を及ぼす文化的侵略です。
自らの文化を相手に受け入れやすくさせる状況をつくりあげ,支配―服従の関係を意識させることなく浸透していき,やがて相手側の国・地域において大きな社会的影響力を及ぼすまでになります。

現代における文化的支配の形態は後者の場合が多く,文化的支配を受ける側が積極的に受容しようという傾向が顕著になっています。

このように巧妙な文化帝国主義の代表的な例として挙げられるのが,マクドナルドと映画です。

マクドナルドは,食事に厳しい戒律のあるイスラム圏やインドなどの地域・国にまで浸透するほどのアメリカを代表するファストフード・チェーンとなっています。

ハリウッドといえば,アメリカ映画文化の象徴となっており,ハリウッド映画の撮影技法は広く世界でも採用されるほどになっています。

また,Windowsやインターネットもアメリカで生まれ育った技術であり,現在グローバル・スタンダード(世界標準)となっている技術・文化は、圧倒的に欧米で形成されたものです。

例えば、電気通信技術分野においてはITU(International Telecommunication Union =国際電気通信連合)というスイスのジュネーブに本部を置く団体によって、欧米の技術仕様を基準にして各国の電気通信技術の統一的運用を図っています。
このことから、一部のジャーナリストや学者たちから、欧米の技術にアジア・アフリカ・中南米各国を従属させ、世界的な技術支配を推進しているというような批判もあり、文化帝国主義の象徴的な動きとして取り上げられることがあります。

つまり、グローバル・スタンダードというものは、欧米文化を世界に浸透させ、欧米優位の元で世界の文化支配を促進するというような意図が垣間見られるという指摘があるわけです。

記事から判断すると、鳥飼さんは安易な英語重視・英語偏重は、このような文化帝国主義に迎合するものということなのかもしれません。
実際に本を読んでいないので予想の範疇は超えませんが、そのようなことをおっしゃっているのかなと思います。

だけどまあ、それは少々考えすぎな感もあり、にわかに賛同はできなかったりしますが…。

世界で活躍できるようになるためには、グローバル・スタンダードとなっている英語をマスターして円滑なコミュニケーションを取れるようにするということであり、英語公用語化を主張する企業・ビジネスパーソンの主眼はそこにあるはずです。

英語を武器とするために、あらゆることを犠牲にして英語を勉強するのは、果たして賢い選択なのか、と鳥飼氏は指摘しています」と先のコラムに書かれていますが、それは英語を習得する側の心構えの問題であって、「英語帝国主義」というようなものとは次元の違う話です。

外国人が、日本人や日本の文化を理解したいと思うのであれば、理解に不可欠な日本語をを学ぼうと考えるのは自然なことであり、そのことをもって日本文化に屈したなどという人は普通いないはずです。

それと同じことで、英語圏の人々の考えを理解し、ビジネス上必要な交渉を行うためのツールとして英語を学ぶべきだという考え方を、「英語帝国主義」だというのは筋違いな感じを受けます。

「英語だけできて仕事ができない人」などというのは、そもそも企業が求めている人財ではありませんから、これも筋違いなお話です。

要するに、英語というコミュニケーション・ツールに振り回されず、英語以外のスキルもしっかり磨きなさいよということを言いたいのでしょう。
それにしては、風呂敷を広げすぎで警鐘の鳴らし方が違うんじゃないのかと思ってしまいますね。

それよりも、「まずは資格ありき」の風潮を何とかしたほうがいいのではないですかね。
業務上の経験やヒューマンスキルを磨く以前に、資格をとることが就職・スキルアップへの道を開くと勘違いしている人が多いことのほうが問題です。

これは英語の習得=できるビジネスパーソンという勘違いに通じるものがあり、その点を克服することが、現在の日本人に課された課題のような気がします。
by mmwsp03f | 2010-11-23 21:20 | 教育