まあ思いついたことをつらつらと書き綴っています(写真は奥多摩から見た富士山)。


by M.M@Kanagawa
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グローバル化の動きに合わせて,英語の社内公用語化や小中学校におけるより実践的な英語教育の導入とかが話題になっていますが,それ以前に日本語教育をどうにかしたほうがいいんじゃないかという意見もあります。

英語教育以前に日本語教育をきちんとすべきという意見の正当性を裏付ける現実は,そこかしこに見られるわけですが,その割には文部科学省のエリートの皆さんは全く眼中にない様子。

下にあるような,おかしな日本語表現を指摘する本って,書店に行くとよく見かけますよね。

問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい?

北原 保雄 / 大修館書店

その表現は間違っています。正しい日本語表現はこうですよ。という指南書は数多く出版されているのですが,実際のところ,それが教育の現場で生かされているとはいいがたいのが現状です。

日本の教育は,今までインプット中心でアウトプットがおろそかにされてきました。
あ,ちなみに試験で自分の知識を問われるのは,この場合アウトプットとはみなしません。どちらかというとプリントアウトに近いかな。

コンピュータとかの場合,アウトプットというとインプットされた内容を忠実に再現することを意味していますが,人間の場合,様々な解釈や表現上の装飾,文言の付加または省略などが施されていたりしますので,インプットされた内容の忠実な再現ではありません。

まあ,へたをするとインプットされた内容と全く違うものが言葉としてアウトプットされてしまう危険性があるわけです。
「言いたいことの半分も言えなかった」という経験は誰しもあると思いますが,それはなぜかと言えば,十分なボキャブラリーが培われていないからに他なりません。
つまり,言葉の意味,適切な言葉の使い方,使える言葉の種類などが身についていないからです。

ちゃんとした日本語表現の訓練をしていれば,いらぬ誤解を招いたりすることも少なくなって,対人コミュニケーションもより円滑になると思うんですけどね。

では,文筆を生業としている文章のプロはどうでしょうか?
正直言って,良いとは言えないのが現状ですね。

たとえば,産経新聞の下記の記事。

【ニュースソース】
【主張】「尖閣」政務官発言 許されぬ実効統治の否定(産経ニュース)

ちゃんと推敲しているのか,大いに疑問なコラムです。

この記事の中で,特にここに注目!
 実効的に統治していることは「領土」の重要な要素であり、尖閣が日本の主権下であることを内外に示す決定的な意味がある。
どこがおかしいかわかります?

産経新聞は,韓国による竹島の実効支配についても批判を展開しているわけですが,そのくせして尖閣の実効支配は領土の重要な要素で決定的な意味があるとしています。
この論法で言うと,竹島は韓国の領土と認めているようなものです。

産経新聞は,そのことにちっとも気づいていないようですがね。

ちなみに,日本語表現の問題とはちょっと違うのですが,こういう大手メディアがよくやる手法で,注目を集めたいがためによくやる文脈の「間引き」も大いに問題です。

たとえば,下記の記述。
尖閣諸島をめぐり、鷲尾英一郎農林水産政務官が「中国政府が所有してもいい」と語った。
どういう文脈でこのような発言になったのか,一言も書かれていません。

別の産経の記事でも
鷲尾英一郎農林水産政務官は10日、沖縄県・尖閣諸島について、「中国政府が所有したっていい」とした前日の自らの発言に、「(誤解を招く発言だったが)本意としては、政府が国有化したことに断固賛成だ」と釈明した。農水省内で記者団に答えた。
鷲尾農水政務官が尖閣発言で釈明 国有化に断固賛成 藤村氏は注意
とあり,どういう経緯でそのような発言が出てきたのかが全く触れられていません。

単に鷲尾英一郎政務官のボキャブラリーのなさからの発言なのか,何か別の意図があっての発言なのか,ただ単に「中国政府の所有にしたっていい」という言葉だけが独り歩きしているような感じです。

こういう意図的な文脈の「間引き」をする前に,記事を書く側の文章力を何とかしてほしいものです。

ちょっと本筋から外れてしまいましたが,要するに文章のプロであるはずの新聞記者がこの体たらく。
英語教育の拡充も必要でしょうが,それ以前に母国語教育を何とかしないと駄目なんじゃないの?と思うわけです。

試験に合格しなければ小学生でも留年がある母国語学習が徹底したフランスのようになれとは言いません。
せめて,インプット中心の学習からアウトプット学習を取り入れたバランスの良い教育システムへの転換を図るべきじゃないかなと思うのです。

具体的には,ディベート学習の機会をより多く設けること。

これまでの日本の教育は受け身中心で,自分が学習した成果を表明する機会は筆記試験にほぼ限られています。
実際に言語を使う場面というのは紙に書いてマルをもらう場面ではなく,他者との対面での会話の中で相手の表情やしぐさなどを観察しながら意思疎通を図る場面です。

受け身の教育が身にしみついた子どもたちは,必然的に自分の意見を発することが少なくなります。
当然,学級会とかで意見を求められても,「特にありませ~ん」となります。

めんどくさいということもあるでしょうが,自分の意見をうまく相手に伝えるコミュニケーション技術が培われていないため,引っ込み思案になってしまうのです。

そうなれば,結局お互いのことが解らないまま,相手のことも知ろうとしないという環境が形成されてきます。
学校という集団の中にいながら,個々人が孤立していくという状況に陥っていくわけです。

このような環境でいくら英語教育を徹底したところで上達の見込みはほとんどないでしょう。

母国語でのコミュニケーションがうまくできない状態で外国語のコミュニケーションがうまくいくはずありません。
まずは,母国語によって「相互理解」を深めるための技術をディベート学習を通じて養っていくことが大前提でしょう。

この「相互理解」ってところが,私は「いじめ問題」への有効な手立てにもなると思っています。

会話のない関係は,コミュニケーション形成の機会を奪うだけではなく,相手を「怪しい人物」とみなすようになり,疑心暗鬼の関係を築きあげることになります。

それに対して意見をぶつけるというディベートは,「歩み寄り」「相互理解」の機会を与えてくれます。

相手が正体不明な人間だから,係わり合いになりたくない,排除するという方向へと陥ってしまうのだと思います。

母国語教育の本来のあるべき姿は,単に正確な表現で相手に自分の意思を伝えるというだけには止まりません。
どういう場面で,どのような表現を使ったら相手に自分の意図を理解してもらえるのかを理解させることも必要不可欠です。

当たり前のことですが,言語を使ったコミュニケーションは「相互理解」を基本としています。
ところが,現在の母国語教育は「相互理解」のための技法を身についけるようにはできていません。

外国語教育拡充の前に,まずやらなければならないのは母国語を活用したコミュニケーション技法を身につけさせることではないでしょうか。
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by mmwsp03f | 2012-10-11 14:25 | 日々雑感

「学校」という閉鎖社会

現在の学校教育にはさまざまな問題がありますが、その中でも大きな問題として近年クローズアップされているのが、教員の資質に関するものです。

昨日15日に報道された下記の記事は、教師としての資質という以前に社会人としての資質が欠落している人物が起こした事件です(全文引用)。
【ストーカー中学教諭】3年生成績が外部流出 甲府
毎日JP:2011年1月15日 01時13分 (2011年1月15日 02時38分 更新)

教え子の女子生徒に09年1〜2月、ストーカーまがいの行為を繰り返していた甲府市立中の50代の男性教諭が同年3月、3年生全員の成績表処分を生徒に手伝わせ、流出していたことが、市教育委員会などへの取材で分かった。市教委は当時の女子生徒への行為を口頭注意にとどめ、成績表の外部流出も把握していなかった。

 市教委や学校関係者によると、流出した成績表は「素点表」と呼ばれ、3年約160人の定期試験5科目の点数が記されている。3年担当教員の進路指導用で、生徒指導主事だった教諭は他校への異動直前の3月末、顧問だった部活の3年男子部員に素点表のシュレッダー掛けをさせた。

 その際、部員が素点表を校外に持ち出し、内容を後輩に伝えたため、保護者から「成績が流出している」と学校に連絡があった。部員が「面白半分に持ち出した」と謝ったことから、教諭のずさんな行為が分かり、外部に漏れた素点表を回収した。

 一方、校長は教諭を口頭注意にとどめ、市教委に報告しなかった。県教委指針では、成績など職務上知り得た秘密を漏らすことは懲戒処分対象になる。

 市教委の調査に、教諭は流出経緯を認め、校長は「口頭指導で十分と思った」と釈明しているという。市教委の平井政幸・学校教育課長は「生徒に書類の処分を手伝わせるなど考えられない」と話している。【中西啓介】

この人物による事件から見えてくるのは、自らの教え子に対するストーカー行為を繰り返す非常識さや、個人情報の管理に対する認識の甘さというだけではありません。
学校あるいは教育行政という閉じられた環境が生み出している問題点でもあります。

このような資質の欠落した教員が起こす不祥事は後を絶ちませんが、なぜこのような事態が次々に起こってくるのでしょうか。

人を指導するのに必要な行動基準が彼らのうちに確立されていないからではないかと考えられます。
つまり、人を指導するのに必要な経験、コミュニケーションを通じての相互理解の方法などを身につける機会を持てずにきたからではないかということです。

このような社会経験が不足気味で生徒を指導するのに十分な資質を持たない人々が次々に採用されるのはなぜでしょうか?
そのことについて、私がTwitterでつぶやいてみたことをここで紹介してみます。

【以下Twitterでの連続ツィート】
このような教職員の不祥事が相次ぐのを知るにつけ、教育委員会の教員任用方法が不適切であることを実感させられる。ところが教育委員会はそのことを全く自覚していないので、教員の不祥事は絶えない>【ストーカー中学教諭】3年生成績が外部流出 甲府http://exci.to/fPg3FX

教員採用の選考は、相変わらず成績主義とコネが幅を利かせている模様。特に有力なコネがあると採用に有利だという情実任用の世界。教育行政の閉鎖性を払拭し、学校という閉じた世界を変えていくには、在野の人々が教育行政にもっとタッチできる仕組みを確立する必要がある。それは教員任用でも同様。

どうも学校の先生というのは世間ズレしている人が多いので、もっと外の世界を実地に体験させる必要があると思う。「県庁の星」というマンガがあったけれども、あれと同じように外の世界を経験することで自分が為すべきことを学んでいくことは、教職員にも必要なこと。

単に民間団体出身者を教員として採用したところで、彼らは学校という閉じた世界では少数派であり、彼らの意見やアドバイスが「学校は会社とは違うから」とかいう排他的思考によって潰されることも十分考えられる。より多くの教職員が学校外の世界での認識を共有することが、最も必要なことだと思う。

そもそも学校の教員に期待されていることは、知識の享受だけではなく児童・生徒への自らの社会経験の継承である。児童・生徒が実社会に出た際に生きていく術を教えていくことが求められている。ところが実社会での経験値の低い教員が教育の現場を占めているので社会経験の継承がうまくいっていない

結局、社会経験の乏しい学校教員が適切ではない指導を行っているがために、実社会に出て職場でのコミュニケーションもうまくできないような新社会人が多数輩出されることになる。

学校とはそもそも社会の縮図なわけですが、そこで働いている教職員や教育行政に携わる人々(教育委員会等)は、学校・教育の現場を一般社会とは違う一種独特な環境であると認識しています。
実は、学校外の社会にいる一般の人々もそのような認識を持っていることが多く、そのことが教職員に自分たちが「特別な存在」であると思わせる要因となっています。

最近ではあまり耳にすることはなくなりましたが、教師を「聖職者」であるというのも「特別な存在」だとの認識を示す考え方だったりします。

このような「特別な存在」という認識が学校内と一般社会に共有されることで、教師は「特別な存在」として振舞うことになります。
それは、独善的かつわがままな教師を生み出すことにつながることになりかねません。

教職員の中には人の意見を聞こうとせずに、自分のいうことに反論を許さない人をよく見かけます。
生徒から誤りを指摘されても、頑なにそれを認めようとしない教職員。
それが本当に人を指導するのに足る資質を備えた教師ということが出来るのでしょうか?

現場の教職員の皆さんすべてがそうだとはいいませんが、少なくとも不祥事を起こす教職員には教師としての資質以前に社会人としての資質に欠けているといって差し支えないと思います。

やはり、教育の現場を改善していくためには、一般社会との接点を増やすことが肝心だと思うわけです。
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by mmwsp03f | 2011-01-16 10:53 | 教育
復刊ドットコムのブログライターくまのさん(@fk_kuma)という方が,ツィッター上で下記のようなことをつぶやいていらっしゃいました。
そもそもネイティブでもないのに英語力強要する社会風潮に疑問。だったら企業や学校は、まず日本語教育でもした方がいいんじゃない。その方が日本社会はうまく回るだろ。

たしかに,最近の傾向として中学校や高等学校で英語の時間数を増やしたり,なんだかんだと英語を教育の基本にでもしているかのような風潮が文部科学省の教育政策に目だっています。

まあ,中曽根内閣(古!)当時から,「国際化」とかが標語になって英語教育をもっと拡充しないといけないってことで,徐々に英語の授業時間数が増えていったという背景があります。
その一方で,日本語教育がおろそかになっているのも事実。

どうも文科省の教育政策は本質からズレまくりというのが定番のようになっていて,結局彼らが立案した教育政策って大概失敗しているんですよね。
「ゆとり」教育がその典型。
もう,失敗認めて軌道修正していますし。

だけど,また失敗するんでしょうね。 ┐( ̄ー ̄)┌ヤレヤレ

そこで,くまのさんに触発されて,私もこの英語教育がらみでちょいと連続ツィートしてしまいました。
とりあえず,以下はそのツィート内容です。
楽天やファストリの社内英語公用語化の影響からか,相次いで社員に対する英語習得を義務化する企業が増えているが,これらの企業に共通する点は「目標」だけを設定し,その実現を要求するばかりで,企業としてどのようなサポートをするかが示されていないところである。

企業の社内政策として社員に対する英語習得義務化を要求するのであれば,企業として社員にどのようなバックアップをするかというところまで考えた上で公表すべきである。単に英会話学校へ通う費用を会社が援助するとか,TOEIC何点以上の者に報酬を与えるというような貧相な発想は正直いただけない

企業が社員に英語習得させるというのであれば,企業は当該社員が確実に英語が習得出来るように施策を講じる必要がある。これは自らが設定した「目標」に対する企業の義務であり,これを抜きにして社員に対して自助努力で何とかしろというのは,お門違いもいいところ。

自らの義務を果たすことが出来もしないのに,社員に英語を義務化するなどお話にならない。自らが設定した「目標」を自らが果たすことが出来ないのであれば,さっさとやめてしまえというのが社員側の思うところであろう。ましてや,できなきゃクビなどというのは単なる経営者サイドのエゴでしかない。

ただし,今後の企業の戦略的展開について社員が協力するのは当然のことであり,会社が海外への事業展開を推進したいというのであれば,社員にはそれに応えるよう努力する必要がある。その点は誤解してはならない。

たとえ英語が出来なくとも当然会社に貢献できるし,現にこれまでに英語が苦手な社員たちが日本企業を支えてきたという事実から明白である。それぞれが得意分野で勝負するという基本線をしっかりと押さえておくことが肝心。そして経営上何が重要なのかをしっかり見極めるべきである。

社員の英語習得を促進したいのであれば,「やれ」と命ずるだけではなく「このようにやれ」という方策を明示すべきである。社員も同様に批判するだけではなく,海外への事業展開を推進する上で有効な対案を提示する努力をすべき。トップの下手な思いつきの犠牲になりたくなければ,そうする以外にはない

これは,昨今話題の社内英語公用語化に関連したツィートです。
以前,当ブログでも「世界戦略と英語公用語化」という記事をアップしましたが,そことの関連でちょっと強い調子になってしまいましたが,つぶやいてみました(つぶやくってもんでもないかな?)。

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復刊ドットコムブログライター,くまのさんのTwitterホーム
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by mmwsp03f | 2010-10-02 23:46 | 教育

乱立する新設大学の顛末

小田急線新百合ヶ丘駅北口より徒歩1分のところに,パチンコ屋,昭和音楽大学北校舎と並んで日本で唯一,映画関係者が創立し,経営する日本映画学校という専門学校があります。
ウッチャンナンチャンの出身校として有名ですね。

「楢山節考」などの作品で知られる故今村昌平氏(映画監督)が創立した専門学校ですが,このほど日本映画大学(仮称)という映画学部映画学科のみの4年制単科大学を創立する運びとなっているそうです。

【日本映画学校】

【日本映画大学(仮称)白山キャンパス完成予想】

【関連情報】
日本映画学校
日本映画大学(仮称,2011年度設置認可申請中)
日本映画大学(仮称)(リクルート進学ネット)
日本映画学校衣替え初の専門4年制大学に(nikkansports.com:2010年3月11日7時0分)
日本映画学校/日本映画大学[仮称](キネマ旬報社)
今村昌平(Wikipedia)

それでまあ,上記のリンク先に表示されているカリキュラム案の内容を見てみたところ,あまりにもざっくばらん過ぎて,とりあえず毎年必ず映画をつくるということはわかるのですが,どういう教科があって,どのような専攻課程があるのかが全くわかりません。

映画学科の単科大学とはいっても,すべての学生が一律同じことをやるわけではないでしょう。
選択するコースによって監督・プロデュース,映像撮影,演技指導,創作など,それぞれ専攻が細かく分かれると思うのですが,そういうカリキュラム構成をとらないということなのでしょうか?

たぶん,専門学校のカリキュラムから大体のところを把握できるだろうということなのかもしれませんが,それにしたって専門学校と大学では教育課程に違いが出てくるはずですから,履修予定となるコースや科目の概要ぐらいは示してもらいたいもんですよね。

【参考情報】
日本大学藝術学部映画学科(日本大学公式サイト)
日本大学藝術学部映画学科(学科特設サイト)

担任予定の教授陣についても全く記されていないので,こんなんで本当に来年度開学できるんだろうか?とか思ってしまいます。

だって,もう9月ですよ。
高校3年生にとって,ある程度進路を固めていなければならない時期にあたっているのに,この程度の情報しか開示できないというのはいかがなもんでしょう。

特に映画関係の業界では,かなり人脈がものを言うはずので,どのような人が担任するのかは非常に重要な判断材料になるはずなんですがね。
ひょっとして,専門学校の講師陣がそのまま大学にシフトするのか?

そこいらへんの詳細は,資料請求をすると送られてくる大学案内に掲載されているんだろうか?
何もかもが未定のままで,本当に大丈夫なのか?
この分野に進もうとする受験生には,日本映画大学(仮称)に期待はしているのでしょうが,はっきり言って不安材料ばかりなんですよね。

それに,なぜ今この時期に大学なのか?

少子化が進んで大学入学者が飽和状態であるのにもかかわらず,大学が乱立状態のこの時期にわざわざ新たに大学を開学する意味は何なのか?

第2次ベビーブーム世代が大学へ進学する時期に当たる1980~90年代に大学新設がブームとなり,現在では大学全入時代といわれるほど大学が余っている状況にあります。
その中で,大学運営に失敗して倒産した大学も出てきています。

例えば,株式会社が創立したLEC東京リーガルマインド大学。
この大学の場合は,学校教育法に抵触する事実が発覚して文部科学省から何度も指導された挙句,入学希望者の激減により,2010年度以降学生募集を停止する事態に陥っています。

この他にも,萩国際大学,聖トマス大学,秋田県立大学短期大学部など,新設大学の閉学・学生募集停止などが相次いでいます。

【関連情報】
LEC大学:Admission 入学・入試情報
大学職員.net -Blog/News:募集停止・破産アーカイブ

下手に大学経営に足を突っ込もうものなら,これらの大学の二の舞になる危険性があります。
さらに近年,大学教育・研究の質の向上,財務健全化などの大学改革が叫ばれるようになり,外部の格付け機関のチェックを受けて,これを一般に公表するという手続までとられるようになってきています。

つまり,現在の大学は倒産してしまうようなイイカゲンな運営を行っていないことをアピールしなければならなくなっているのです。
しかも,格付け機関による検査と格付けには相当なコストがかかります(まあ,義務ではありませんので実施しないことも可能ですが)。
学生の父兄や官公庁・企業に自校の健全性をアピールするために,定期的にこれを行わなければ大学の信用は維持できなくなりつつあります。

【関連情報】
大学評価情報ポータル/機関情報について(独立行政法人 大学評価・学位授与機構)
評価事業/評価手数料について(財団法人 大学基準協会)

大学は専門学校以上に維持運営が大変になってきているのです。
そのような状況を理解した上で専門学校を大学化するのであれば良いのですが,どうもそういうことを考えていなさそうな気配が濃厚です。

ただ単に,専門学校だと学生が集まらないとか,専門学校よりもメリットがありそうだという理由で大学にするというのであれば,それはとんだ勘違いです。
大学にしたからといって学生が集まるとは限りませんし,上述のように大学経営は日々厳しくなっていく状況にあります。

受験する側にとって魅力ある教育機関であるかどうかが問題なのであって,大学であるかどうかが問題ではないはずです。

総合大学並みの多様な専攻課程をもつ日本工学院専門学校は,入学希望者が非常に多いことで知られています。
毎年2500名を超える卒業生を排出しているマンモス専門学校ですが,これほどの学生在籍数が物語ることは,大学に劣らない魅力が専門学校にあることを示しています。

果たして,大学経営の荒波に船出をする日本映画大学(仮称)は,今後どうなっていくのでしょうか?
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by mmwsp03f | 2010-09-15 13:58 | 教育

職業訓練のいま

新卒の就職難が問題視されてからかなり長い年月が経過しているのですが,このような状況に対する効果的な対処法が提起されることもなく,悪化の一途をたどっています。

それはなぜかといえば,採用する側の企業が自らが取り組むべきことではないと考えているからだと思います。
しかも最近では,自社での新人教育を放棄して,やたら即戦力を求める傾向が増えているようです。
採用する企業側では「即戦力」ということをお題目のように唱える傾向が強くなっていますが,誰も最初から「即戦力」になる人はいないわけで,「即戦力」になるには下準備が必要になるという考え方が欠落しているようです。

彼らが求める「即戦力」労働者がゴロゴロころがっていれば何も苦労することはなく,いちいち面倒な就職選考など端折ってしまえばよいわけですがそうではない。
現実には「即戦力」となる労働者は少ないですし,その多くはやはり就業経験がある中途の方に集中します。
だからといって,中途採用で本当に役に立ってくれる「即戦力」が豊富であるわけでも,中途採用の実績がずば抜けて高いわけでもありませんけどね。

この「即戦力」を求める傾向が,えてしてないものねだりになったりするのは,企業側の「即戦力」への定義があいまいだったり,利益に直結する人を「即戦力」と考える傾向が高いからではないかと思います。

それは,人財を育成するという点にも見られる傾向です。

どうも企業の採用選考のあり方を見ていると,実は日頃から人財育成の努力をしていない,有能な人材を発掘する努力を行っていないという印象を抱くことが多いのですよね。

特に中途採用を見ていると,まるで夏休みの宿題のような感じ。
いちおう期限が設けられていて,それまでに採用者を確保しなければならないのですが,短い期間で充分検討する余裕がなく,やっつけ仕事で採用したら意図せざる人が入社しましたという感じ。

新卒採用でも,案外こういうのが多かったりするんですよね。
各社各様,また部署によっても求められる人財は違うと思うのですが,それを手間暇を省いた一括選考で選抜し,なんとなく有能そうなのを引っ張るという感じ。

で,この「有能」な人っていうのが,「有能」という言葉で片付けられていて,どのようなところが「有能」なのか,何をもって「有能」なのかが実にあいまい。

そんなんでいいのかねーとか思い続けているのですが,考えるのが面倒くさいのか,多くの企業で現状維持路線を敷いているところからも,それでいいと思っているようです。

もし,それでいいと思っていないというのであれば,さっさと選考方法を変える段取りをつければいいのですが,それをやっていない時点で「それでいいと思っている」ことと変わりはない。


そのような不甲斐ない企業の人事担当に成り代わって,労働者のキャリアアップを図っているのが別の企業だったりするわけです。
ずいぶん前から企業業務のアウトソーシング(外部委託)というのが大流行ですが,人事の採用・選考の分野でもアウトソーシングされることが多いのが現状。
かの派遣会社とか人材紹介会社とかですね。

それがですね。人財育成のアウトソーシングもどきとでもいったらよいのでしょうか,そういうものが教育業界でも盛んになっているようです。
アウトソーシングといっても企業が金を出すのではなく,子どもの親が金を出すのですが…。

日本では昔からの学歴志向によって進学塾や進学予備校がいまだもって大きな市場を形成しているのですが,ところが最近では就職指導なんかもやるようになってきているらしいのです。
続く就職難に新たなビジネスチャンスを見出したようなのですが,その教育業界で行っている就職指導とはどのようなものか?

詳細はわからないのですが,就職指導はすでに小学生から始まっている模様。

【関連情報】
キャリア教育・進路指導のNPO法人キーパーソン21:小学校・中学校・高校のキャリア教育
日本マンパワー:学校におけるキャリア教育支援サービス

NPO法人キーパーソン21が行っているカリキュラム概要を見てみると,どうやら就業に対するモチベーション創出を意図したカリキュラムを実施しているようです。
特に小学生や中学生対象では,ポジティブな職業観を持つことを主眼とするカリキュラムになっているように思えます。
実際のところは少々違うのかもしれませんが,「かっこいい大人ニュース」とか「すきなものビンゴ&お仕事マップ」などのカリキュラムタイトルを見ると,そういう印象を持ってしまうんですよね。

実際の仕事は,ストレスの連続であるという現実を見せ付けると就業意識が遠のいてしまうという配慮なのかもしれませんが,あまり職業を美化しすぎない程度に抑えてもらえればいいのですけどね。

大学でもキャリア支援教育を実施しているところは増えていますが,その割には新卒の就職状況は好転していません。

【関連情報】
名古屋大学現代GPキャリア支援・教育開発センター:専門教育型キャリア教育体制の構築

それは,もしかしたら教育業界・教育機関の考えるキャリアというものの認識にギャップがあるからなのかもしれません。
企業が求めるキャリアというものは,「即戦力」という言葉に象徴される仕事への取り組み方,発想力,コミュニケーション力なども含めた総合的なスキルであって,単なる仕事の技術だけを求めているのではないからでしょう。

しかし,そこまで新卒に求めるのであれば,企業が人財育成のカリキュラムを考えて実施していくことが必要なんですけど…。
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by mmwsp03f | 2010-09-02 10:48 | 教育

関心度と学力の相関関係

世の中にはいろいろな資格試験や検定試験があります。

数ある検定試験の中に「ニュース時事能力検定」という試験があるそうです。
この検定試験を主催する日本ニュース時事能力検定協会によれば,「新聞やテレビのニュース報道を読み解くための『時事力』を認定するもので、『時事問題』の理解に欠かせないキーワードや、社会の仕組みと流れについての知識を1級から5級の5段階に分けて測定する唯一の検定試験」だそうです。

ニュース時事能力検定試験(日本ニュース時事能力検定協会)

なにやら難しそうな試験ですが,その検定試験の1級に,神戸の灘中学に通う中学3年生(14歳)がめでたく合格したとのことです(最年少合格記録)。

ニュース検定 14歳で1級合格…通学中に新聞3紙読む(毎日jp,2010年7月14日 19時08分)

1級の試験は,2級に合格していないと受検できないそうで,今回1級に合格した比護遥(ひごはるか)さんは,昨年の第7回検定で2級に合格していたそうです。
「最年少と知って驚いた」とは本人の談ですが,並み居る大人に引けをとらず合格したことは,なかなかすごいことです。

ところで,「このニュース検定っていうのはどの程度難しいもんなんだい?」と疑問に思っているあなた。
過去問がWeb上で公開されていますので,チャレンジして実際に体験してみればお分かりになると思いますよ。
何事も経験が大事!

ニュース時事能力検定/模擬問題・過去問題


たしか,わりと難しい試験の部類に入る宅地建物取引主任者試験(ニュース検定同様,年齢等の受験資格制限なし)でも,現役女子高生(当時16歳)が合格したと話題になったことがありました。

子どもたちの中には,かなり専門性の高い知識についても充分理解できる能力があることは以前から知られていましたが,一方で,なかなか学校の勉強についてゆくことができない子達もいます。

では,なぜこのように高い理解力をもった子と,そうではない子との差が生じるのでしょうか。
これは,それぞれの子にあらかじめ能力の差があるからではなく,その分野にどの程度興味・関心があるかによって差が生じてくるものと思います。

ニュース検定1級に合格した比護さんは,日ごろから時事情報に高い関心を持っており,新聞を毎日三紙読んでいるとのことです。
さらに彼女は,「知識を身に着け、将来は政治やジャーナリズムの仕事に就きたい」と将来に対する展望を語っています。

彼女がこれほどの高い能力を示すことができたのは,時事問題に対する関心の高さと将来ジャーナリストになりたいという希望をもって高いモチベーションを維持していることにあるのではないかと思います。

私が以前学習塾で教えていたときに,世界史の成績が振るわない高校生の男の子がいたのですが,彼は幸いなことに歴史を学ぶことの面白さに目覚めてくれたおかげで,その後世界史で模試の成績がどんどんアップしていきました。
このことからも,その教科・分野に対して興味を持って取り組めるか否かが,学力の向上に大きく関わってくることがわかります。

私は,以前から何度も「好きこそものの上手なれ」という故事を,機会があるたびに語り,授業のときには,いろいろな逸話を紹介したりして,興味を喚起するように努めてきました。
そのせいか,私が担当した科目に興味を持って積極的に学んでいこうという姿勢を持つ生徒が現れてくれたことは,非常にうれしいことでした。


何事においてもそうなのですが,今自分がやっていることは,どういう意味があるのかがわからないと,なかなか身を入れて取り組むことができません。

将来,宇宙工学の専門家になりたいという目標がある子であれば,そのために必要な知識を積極的に身につけようと努力します。
好きであれば,自発的に自分で調べ,疑問点を解消しようとするので,実力は努力に比例してアップしていきます。
ところが,将来への展望があいまいだったり,自分のやっていることの意味がわからないと,モチベーションを維持することができず,途端に学力はダウンしていきます。

よく,理系の生徒が歴史や地理なんか,自分の目指すものとは関係ないというので勉強しなくなったり,文系の生徒が数学なんて実生活には役に立たないといって拒否反応を起こすのは,その科目を勉強することの意義が理解できていないからです。

そして,自分のやっていることが無駄だと考えたとき,その人の能力はモチベーションと共に著しく減退していきます。

特に長いこと歴史科目は暗記モノという誤った「受験の常識」が植えつけられてきたため,結局社会に出てから何の役にも立たないという「無駄」のレッテルを貼り付けられることが多かったのです。
しかも,無意味に歴史上の人物や事件の名称を覚えさせられたという思いがあるので,高校を卒業してからも歴史は嫌い,苦手という人も案外多かったりします。
しかし,歴史に限らず学校で学ぶ分野は,実際の人間社会を生きていくうえで非常に参考になる知識が盛り込まれています。
なぜなら,すべてが人間が作り出した知識であり,その知識によって人間社会が動いているからです。

過去に学ぶということは,過去の事例を教訓として,これから経験することがらに対応する方法を自らが考えるということです。
歴史上の失敗を学ぶことによって,それと同じ轍を踏まないようにどのように処理すべきかを考え,自分の人生に活かしていくというのが,歴史を学ぶことの意義です。
そのことをはっきりと自覚して,自らの進むべき方向性が定まっている生徒は,自ずとモチベーションがアップし,能力もどんどんアップしていきます。

学校で学んだ知識を実社会で活かすことができるかどうかは,実は本人次第なのです。
本人が自ら学んだことを,どう活かしていけるかを見出すことが,非常に重要なのです。

比護遥さんのニュース検定1級合格という事実は,そのことを最もよくあらわしているということができるのではないでしょうか?
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by mmwsp03f | 2010-07-15 22:44 | 教育

教育すべき対象

ベンチャー企業のCFO(最高財務責任者)で,人事戦略・人財育成についての著作もいくつか出されている酒井穣さんという方がいらっしゃいます。

ちなみに,最近出版された『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』という本がなかなか好評なようです。
アマゾンのランキングで,この手の本の中で上位を占めているとのこと。

「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (光文社新書)

酒井穣 / 光文社



東洋経済新報社のWebサイトで紹介されています。
かなり好意的な書評です。

「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (東洋経済オンラインの書評)

さて私は,教育畑で長いこと勤めてきたせいか,人事戦略・人財育成には非常に高い関心を持っております。
そのようなこともあり,酒井さんが今年の4月から「人財育成を考える」というメルマガをはじめられた際に,自己啓発の意味も含めて購読を申し込みました。

このメルマガは今回14回目の配信となるのですが,その中でちょっと面白いテーマを取り上げられていたので,ここでご紹介。
2010年6月24日の読売新聞の記事をとりあげてのコメントなのですが,テーマは「実は親を教育したい」。

読売新聞の記事の中で,学生(受験生)の親御さんに対する大学教職員の嘆きが語られています。
その嘆きとは,親が学生の自立を妨げているというもの。

●学生の代わりに履修登録をする
●授業中の私語を注意したことに抗議する
●「気に入らない就職先なら、働かなくていい。養ってあげるよ」と言う
●大学で出された課題を親が手伝っても出来ないものだから,親が大学教員に泣きつく

ということが,あったそうな。┐( ̄△ ̄)┌=3
これじゃあ,日本の将来は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
親まで教育せにゃならんとはねえ。

これに対する酒井さんのコメント。

先のニュースでは、日本の教育システムの問題を取り上げましたが、こちらのニュースを読む限り、教育現場の疲弊も相当なものであり、単純に現場の先生を責めるのは筋違いであることが解ります。

結局のところ、この問題のルーツは相当根深いという話であり、この問題の犯人探しには意味がありません。実務的には、この負のスパイラルを断つために最も効果的なポイントを洗い出し、このダムに穴を開けるような施策が求められています。

そもそも、このグローバル化時代にあって「どういう人材を育てたいのか」が具体的になっていないように思います。テストで高得点を取るためではなくて、実際のコミュニケーションにつながる語学力や異文化マネジメント能力など、それがないと「生存が危ない」と思われるスキルの獲得につながる教育が必要でしょう。

ごもっとも!
入社試験も点数よけりゃいい的な発想があるのは非常によろしくない!

ずいぶん前からモンスター・ペアレントというのが話題になっていて,社会問題視されておりましたが,高等教育にもシフトしていっているということですね。
こりゃあ大変と,いまさら言っていても遅い!

すでに,親が入社式に参加したり,親が会社に電話をかけて「今日は休ませますから・・・」とかいう事例が報告されているんですよね。一昔前から・・・。

親の世代が将来を見据える能力を失ってしまったら,子どもも同じ道を歩むことになると思うんですけど。
つまり,今ある日本の危機的状況は起こるべくして起こったということになりますね。

現在,日本で主要な地位を担っているはずの40~60代の世代が,実はいちばん使えないって事にもなりかねない状況を,読売新聞は伝えているのです。

この事例で示されているように,今いちばん教育が必要なのは,実は親なのかもしれません。

それと同時に,親という立場にあるなしにかかわらず,いちばん教育が必要なのは政・官・財を牛耳っている方々であると考えるのは,果たして私だけでしょうか?

酒井さんは,「実際のコミュニケーションにつながる語学力や異文化マネジメント能力など」と実際的なところを指摘されていますが,それだけじゃないと私は思います。
コミュニケーション能力というのは,まず相手を知ろうとする努力が必要になります。それを抜きにして語学を学んでも,本質的なところは身につきません。

さらに,
●何をやっても,途中で投げ出してしまう。
●自分が出来ないことは他人任せにする。
●自分がかかわっていることを,自分は関係ないと逃げる。
というようなことがないように,物事に取組む姿勢というもっと根本的なところも育成していかなければならないと私は思います。

ヒューマン・スキルの育成
これが一番必要とされているものではないですかね。
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by mmwsp03f | 2010-07-09 17:51 | 教育
NOVAが跳ね、ジオスが空転――日本人に英語は必要ないのか?(livedoorニュース)

という記事があったので見てみたところ,なにやらイマイチ説得力のない仮説を挙げて,昨今の語学学校の低迷について書き綴られておりました。

語学学校がはやらないのには5つの理由があって,そのために語学学習に対するモチベーションが低下しているからというのが,最終的な結論のようです。なんだかな~。

で,その5つの理由というのが

(1)フトコロが寒い
(2)時間の余裕がない
(3)差別化の果てに(学習方法の多様化が進みすぎて,どれを選んだらよいかわからないから)
(4)うさぎの影響(NOVAの破綻によって,語学学校への信頼が失墜した)
(5)日本人が海外を目指さなくなった

だそうで,(1)と(2)は今に始まったことではありません。金銭的・時間的余裕のない人は以前にもかなりましたし,語学学習に対する補助を行っている企業は一部でしかないのは,今も昔も同様。

(3)それは,語学学校に限ったことでありません。

(4)ある程度は理由として考えられなくはないですが,経営破たん以前からNOVAについてはあまり良い評判は聞いていませんし,それ以前にもかなりちょくちょく語学学校は倒産していますからねえ。
それに,語学教育がらみの消費者問題もかなり昔から取り沙汰されていますから,さもNOVAが悪いという短絡的な発想はいかがなものかと思いますね。

>海外に出なくても、豊かな国ニッポンで十分。

そんなことを考えている人は,昔からずいぶんいましたが?
“心理的ガラパゴス”とか,意味不明な言葉を使っているところもちょっとイタい。

この記事を書いている人は,どうやら思いつきで文章を書いているようです。
「心理的ガラパゴス」にしてもそうですが,Korianglish(韓国英語)という言葉は聞いたことがなかったので,ググッて見たところ,この記事を書いた当人の造語だったことが判明。

記事を書くなら,もうちょっとちゃんと調べて,明確な根拠をもたせた記事を書いてほしいなどということを,思ってしまった今日この頃です。
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by mmwsp03f | 2010-05-14 06:22 | 教育
歴史教科書の老舗として有名な山川出版社の「大人向け」の教科書として発売されている「もういちど読む山川日本史」と「もういちど読む山川世界史」が,発売以来好調に売り上げを伸ばしているそうです。

山川出版社のもういちど読むシリーズのPRページ

ちょっと前に話題になり,マスコミにも大々的に取り上げられたもんだから,山川出版社は得意満面といった感じです。

こういう教科書焼き直し本がシリーズ累計でも50万部を突破するというのは異例のことで,山川が鼻高々なのはわからないではないですが,だからといって「本物の歴史が読める本」というキャッチコピーはいかがなものかと思うのですが…。

なんで,このような教科書焼き直し本が売れるのか,正直理解に苦しむところです。高校時代に歴史がイヤになった人って,大抵教科書に書かれていることがわからないというのが圧倒的多数だったんですよね。

私は以前進学塾で世界史を教えていたことがあるのですが,歴史が苦手という受講生は判を捺したように教科書が面白くない,教科書を読んでいても理解できないということを言っていました。そのような人たちが,本当に「もういちど読む」シリーズを買ったりするのでしょうか?

じゃあ,逆に歴史好きの人はどうかというと,教科書の知識など物足りないのでまず買いません。概説書を買うのであれば,わざわざ1575円払って教科書焼き直し本など買わずに,すこしプラスアルファしてこっちを買っちゃいますね。

概論 日本歴史
1,995円
吉川弘文館


姉妹サイトの「歴史の隙間―とある事件の記録」のコラムでも書いていますが,教科書は十分な説明もなく,ただ単にこういうことがあったということを唐突に出してくるので読む側はチンプンカンプン,どうしてその事件が起こったのかという本質的な部分がわからないままになってしまうんですよね。だから,歴史が苦手な子たちが「わからない」を連発するわけです。

知識量はすっかすかで,しかも不正確な情報を盛り込んでいたりします。はっきり言って,過去に明らかな間違いといえる情報を平気で載せていました。

かなり前の話ではあるんですが例を挙げると,

*コロンブスが,1492年にはじめてアメリカ大陸を発見したと書かれてあった(ヨーロッパ人では,1001年にデンマーク人のレイフ・エリクスソンが現カナダ領ニューファウンドランド島に到達しています。これはずいぶん前から通説となっていた事実。しかもコロンブスが1492年に到達したのは西インド諸島で,大陸にすら到達していない)
*ロシア十月革命でボリシェヴィキが冬宮に突入する画像が掲載されていた(これって,エイゼンシュタインの映画のワンシーンを切り取った画像で事実じゃなかったんですよね)。

つまり,教科書は事実確認がイイカゲンだったりすることもあるってことです。

それに,さらっと歴史をおさらいして本当に面白いんですかね。歴史に興味をもつ人って,歴史上の人物に関心を抱く人が多いと思いますが,その人の面白エピソードは教科書にはほとんど載っていません。

教科書焼き直し本よりも,もっと面白い歴史の本はたくさんあるんですから,皆さんそちらの方を読みましょうよ。「本物の歴史」は教科書なんかじゃわかりません。歴史の本質は表面さらっとなでる程度の記述じゃ,絶対わかりませんから…。
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by mmwsp03f | 2010-04-15 18:01 | HP(歴史)

大学のPR努力

Yahoo!のトップページに、最近よく「大手前大学」という新設大学の広告が出ているんですが、何気に関心を持って「大手前大学」をネットで検索してみました。

ヒットした中に「リクルート進学ネット」内の「大手前大学」が紹介されているページがありました。
そこでアクセスして中味を拝見したところ、ちょっと興味を引く記事が載っていました。
それが ↓ これ。

大手前大学(リクルート進学ネット/おもしろ授業・研究テーマ一覧)

2つだけしか記事が載っていないのですが、それでも記事の内容はなかなか面白い。
特に「悲劇!『青い肉』を売っていたお肉屋さん」という記事がおすすめ。身近なテーマから心理学へ関心を結び付けている点がよいと思いました。
ただ、よく女性向けの雑誌やミニコミ誌に載っているような記事ではありますが…(おそらくライターさんがそっち系を専門にしているんでしょう)。

ちなみに、この「大手前大学」はルパン3世で有名なモンキー・パンチ氏が教授(メディア・芸術学部)として赴任している大学なんですね。

そこで思ったのですが、他の大学もこういった受験生の関心を引き出すような記事を載せているのだろうかと…。

「リクルート進学ネット」で、いくつかの大学を見てみました。

日本大学
芝浦工業大学

青山学院大学
獨協大学
日本文化大学
明星大学

とりあえず6校あげてみましたが、上の2校と下の4校の大きな違いはどこにあると思います?
実際ご覧いただくと判ると思いますが、それはアピール度なんですね。

各々のページの大学名のすぐ下に、「学部トップ」「学部・学科コース」「在学生レポート」…というように、いくつかタブが表示されています。
このタブが表示されている数がぜんぜん違う。

日大と芝浦工大は積極的に大学をアピールしているのに、青山学院大学・獨協大学・日本文化大学・明星大学は、やる気あんのか?と思えるぐらいにアピール度が低い!

特に青山学院大は知名度に胡坐かいているんじゃないのかと思えるぐらいの手抜き。とりあえず必要最低限の情報を載せているという感じ(有名私大の中では決して入試倍率が高いというわけではないのにねえ)。
┐( ̄ー ̄)┌ これじゃあねえ

日本文化大学に至っては、タブが3つという少なさ。ただでさえ知名度が低いのに、ここでアピールしなくてどうするんだと他人事ながら心配してしまいますね。

進学情報サイトは、おそらく受験生が大学を知る入り口として多く利用しているサイトだと思われるのですが、こういうところで自分の大学をもっと良く知ってもらう、興味を持ってもらうという努力をせずに、少子化だ補助金が少ないだとか言っていてもしょうがないでしょうに。

もちろん大学の中味の充実も必要ですが、自分の大学に興味を持ってもらうよう努力することも大切だと思うんですよね。
特に知名度の低い大学であればなおさらだと思います。施設がきれいだとか、学食が充実しているとか、他の大学もやっていることをアピールしても仕方がないですけどね。

そういった点は、「大手前大学」や日大、芝浦工大を見習っていただきたいものです。
ただし、「大手前大学」は自校の公式サイトはもうちょっと工夫した方がいいんじゃないかなあ、と。
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by mmwsp03f | 2010-04-11 04:26 | 教育