IE9ピン留め

第0次大戦という認識

Googleでたまたま「第0次世界大戦」という語を見かけたものですから、1月29日にかようなツィートをつらつらとしてしまいました(12:45~13:21)。

最近、日露戦争をして「第0次大戦」という呼び方がはやっているそうだ。その呼び方については諸説あろうと思うけど、世界的規模での戦争というのであれば13世紀のモンゴルの大西進も世界大戦と位置づけられる(実際、そう主張している学者がいる)。これは「第-3次世界大戦」(補足:「だいマイナス3じせかいたいせん」と読む)ぐらいになるのかな?

ちなみに、日露戦争を「第0次世界大戦」と位置づけるのであれば、当然朝鮮戦争も「第3次世界大戦」となる。実際に朝鮮半島に派遣された国連派遣軍は米韓含めて22カ国軍に及び、対する中国・北朝鮮軍の他、ソ連軍が中国人民義勇軍に扮して参加しているので、「世界大戦」と呼ぶにふさわしい規模。

私は「朝鮮戦争」をして「第3次世界大戦」とする見方をかなり前から持っていたが、日露戦争を「第0次世界大戦」とする見解は持っていなかった。しかし、日露戦争が第1次世界大戦に至る国際関係を形成したという意味で世界史的に大きなターニングポイントになったという認識はもっていた。

日本史では、日露戦争をめぐる日ロ関係と日本の国際社会での地位向上ばかりが取り上げられるが、いかに当時の国際社会へ影響を与えたかを教えないと、この世界史的事件の本質を見誤ることになる。それは、この戦争の勝利に幻惑された後の軍部・政治家たちと同じ道を歩むことにもつながる。

現在ある日露戦争関係の書籍を読んでみれば判るように、日露戦争は欧米列強のパワーバランスが少なからず影響を及ぼしている。イギリスは中東・東欧におけるロシアの影響力低減を狙い、ドイツは極東での影響力拡大をねらって黄禍論をもってロシアをそそのかした。

まあ、日本とロシア以外の列強諸国は両者共倒れをひそかに願っていたわけだが、それは当然、これら2国が戦争で衰退すれば、世界分割でのライバルが減って他の帝国主義諸国にとっては都合がよかったからに他ならない。いわば日露戦争は「勢力と均衡」のパワーポリティクスを象徴する典型的な事件なのだ

「第0次世界大戦」というのは、このようなパワーポリティクスの象徴としての列強諸国間の争いとして捉えた場合の見解ということがいえるだろう。しかし、第1次・第2次世界大戦との決定的な違いは、日露戦争は参戦国が限定され、総力戦ではなかったということから、このネーミングには違和感がある。


「第0次世界大戦」という言葉は10年近く前から称えられているようですが、一般的にその言葉が多用されるようになってきたのは、2010年12月27日放送の「NHKスペシャル プロジェクトJAPAN 《坂の上の雲》の時代 第0次世界大戦~日露戦争・渦巻いた列強の思惑」という番組が放送されてからのようです。

【関連情報】
プロジェクトJAPAN ‐ ドキュメンタリー坂の上の雲の時代 第0次世界大戦(NHK)

司馬遼太郎の著作「坂の上の雲」のTVドラマ化と連動して放送された企画モノの番組で、かなりの反響があったようです。

実際に「第0次世界大戦」でググッてみると、このテーマを取り上げたブログ記事がかなりの数ヒットします。

で、この日露戦争を第1次世界大戦への前哨戦として捉え、「第0次世界大戦」と位置づける考え方については、先のツィッターでの私のつぶやきをご覧いただければわかるように、ちょっと変じゃないと思ったりするわけです。

実は、「参戦国が限定され、総力戦ではなかった」という点だけではなく、前哨戦という認識から「第0次世界大戦」と考える主張にも疑問をもっていたりします。

なぜなら、この戦争の結果、列強諸国の国際関係は大きく塗り替えられることになってしまったからです。

それまで敵対関係にあったイギリスとロシアが、この戦争後に協商関係を結んで接近し、それに伴ってロシアの同盟国で、これまたイギリスと険悪な関係にあったフランスとも協商関係を結ぶことになります(三国協商)。

世界分割をめぐってしのぎを削っていた英・仏・露三国の接近は、外交革命と呼ばれるほどに前代未聞の事件であったのです。

つまり、日露戦争当時と戦争後では全く国際関係が塗り替えられてしまっており、しかも日本とロシアもその後、(形式上)友好国としての関係をとりむすぶことになります。

こういった理由から、「前哨戦」というのはちと違うんじゃない?という疑問をもった次第。

あと、なぜ三国協商が成立することになったのかということを付け加えておきたいと思います。

通説となっている考え方としては、

1) 戦争とそれに伴う革命騒動によって国力が弱体化したロシアは、イギリスに対抗しうる力を保持することができず、結果イギリスに譲歩した

2) ロシアの弱体化に伴い、英・仏・露の世界政策に露骨な干渉をするドイツ帝国の驚異が顕著となったから

というものがあります。

特に2番目が三国協商成立の大きな要因といえるでしょう。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2012-01-30 00:53 | HP(歴史) | Trackback | Comments(0)

続・金時山の富士

前回の続きです。

明日(1月3日)に更新するとか言いながら,その翌日の1月4日になってしまいました。
だってー,眠かったんだもん…(´ぅω・`)

さて金時山ですが,この山は標高1213mでそれほど高い山ではなく,通常登るのに要する時間が2時間半程度なのと景色が良いことで人気の山です。
なので,元日でも多くの人が登山にやってきていました(年配の方や小さな子連れの家族もいらっしゃいました)。

私が登りはじめた午前7時ぐらいの時間は,初日の出を拝もうと山頂にいらっしゃった方々が下山してくるのとよくすれ違いました。

下山してきた方から伺ったところでは,初日の出は残念ながらモヤがかかってよく見ることはできなかったけど,富士山はよく見えるとのこと。

俄然期待が高まる中,凍結しぬかるみ始めた悪路と意外と急峻な場所が続いたため,途中でヘバリそうになりながら,時々小休止を入れながら少しづつ登っていきました。

登っていく途中で多くの人とすれ違ったのですが,そのうち中腹より少し登ったところですれ違った仙石原観光協会の方から,元日登頂の記念に山頂で配っていた絵馬がひとつ余っているとのことで,それを頂戴することができました。

それがこれです(↓)

【上りの途中でいただいた絵馬】


表が龍の絵馬なんですが,見たところ顔がどこかのなまず髭のオジサンみたいな感じ(笑)
ちょっとわかりづらいんですが,笑っているんですよ。
でまあ,裏が金太郎と相棒の熊ですね(金時山は,マサカリ担いだ金太郎の伝説で有名ですからね)。

なんだかんだで山頂に到着。
で,目にした風景がこれ(↓)

【1月1日の朝,金時山山頂より眺めた富士山】

到着したときには山頂にそれほど多くの人はいなかったのですが,後から続々と人が登ってきてちょっとした賑わいになりました。
皆,口々に「いい富士だよね~」と話していました。

やはり,この景色を目当てに登ってくる人が正月でも多いのですね。

【富士と広がる大空】

魚眼レンズで撮るといい感じに映るんですが,持っていないので仕方なく標準のズームレンズでパチリ。
午前中は,山頂に雲がかぶることなく絶景を堪能できたのですが,午後になると山頂は雲に覆われてしまっていました。
やはり,富士山の姿を拝むには午前中がベスト。午後になると雲隠れしてしまいます。

【金時山で富士山を眺めながらコーヒーを一杯】

いやあ,山頂からの絶景を眺めながらのコーヒーは格別です(^▽^)

【仙石原の風景】

ほとんどゴルフ場ですね。奥に見えるのが芦ノ湖です。

【金時山の名前の由来を記したプレート】

金太郎伝説については諸説あるようですが,うちが本家本元と主張しているようです。
ちなみに坂田公時という人は,源頼光にしたがって酒呑童子という鬼を退治したと伝えられる武将だそうです。

【公時神社と神社への入口】


坂田公時を祀ったとされる神社。
冬場の金時山登山の際は,こちらからのルートが凍結やぬかるみが少なくて良いと思います。

山頂にいると,「写真撮ってもらってもいいですか?」と声をかけられること数組。
なかには小学校低学年ぐらいの女の子を連れたご夫婦もいらっしゃいました。
帰りは断崖絶壁を降りてぬかるんだ道を四苦八苦しながら下っていかれたご様子(道の途中でまたお会いしました)。

下っていく途中でも,多くの人とすれ違いました。
なかには,半ぞでのシャツで登ってきた強者もいらっしゃいました。
そんな薄着で大丈夫?と聞いたところ,「いやあ,暑いからねえ。着替えもあるから大丈夫!」とのこと。
確かに暑かったんですよ。当日は日が照っていてわりかし気温も高めだったし…。

さらにひと組のご夫婦とすれ違う際にちょっと話をしたのですが,箱根で初日の出を拝むのであれば,十国峠へ行くと良いということを教えてもらいました。

ということで,次回は十国峠経由で岩戸山か城山へチャレンジするかも…。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2012-01-04 18:49 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

金時山の富士

皆様,謹んで新年のご挨拶を…

と堅苦しい挨拶はさて置いて,今年最初のブログ更新はズバリ初富士です。
まあ縁起物ということで,昨年の1月2日にも朝日に照らされる富士山の画像をアップいたしましたが,今回は毎年恒例(といいながら昨年はサボってしまった)年明けトレッキングに行った際に撮った初富士をお披露目したいと思います。

これは金時山の山頂で撮ったもので,1月1日は曇の予報だったのが運の良いことに晴天となり,このような絶景を拝むことができました。

ところで,この富士山は本当に金時山の山頂で撮ったのかって?
では,証拠をお見せしましょう!

ちゃんと「天下の秀峰 金時山」って看板もあるでしょ,しかもマサカリ付き(笑)

当日は,夜明けから少したった午前7時ぐらいから比較的ゆっくりめのペースで登り,大体午前9時半ぐらいに山頂に到着いたしました。

私は公時神社から少し下った国道138号線の仙石交差点の辺りから登り始め,矢倉沢峠を経由して山頂を目指しました。
【金時山の登山ルートの案内板】
図の下面の「箱根町」の文字のすぐそばに「WC」の表示が3つありますが,このうちの一番右側の「WC」(「一蔵」という喜多方ラーメンの店があります)から出発。
比較的短時間で登れる山なのですが,そう思って舐めてかかると痛い目を見ます。

私が登ったルートは,夜間に凍結し,昼間に陽が照って緩んだ道がぬかるむ登りにくいところで,しかもわりと急峻な場所がちらほらとあり,最後はロッククライミングをするかのような断崖絶壁を超えていかなければならないところがあったりしました。

下りは,もう一本となりの公時神社へ通じるルート(登る前に「一蔵」のご主人にすすめられたルート)を行ったのですが,こちらはぬかるみも少なくドライな道だったのでそれほど難儀することもありませんでした。

冬場に登る際には,乙女峠か公時神社からのルートのほうがおすすめかもしれませんね。

上りは大変でしたが,それを補うに余りある絶景を堪能できたので登ってよかったなあと思います。

さて,今日はこのぐらいにして,この続きは明日あたり(未定)にでも…(^_^;ゞ

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2012-01-02 16:03 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

独裁者の娘の波乱に満ちた生涯の幕切れ

アドルフ・ヒトラーと共にその悪名を轟かせた旧ソ連の独裁者スターリン(本名ヨシフ・ヴィサリオノヴィッチ・シュガシヴィーリ)の娘のラナ・ピータースさん(ロシア旧名:スヴェトラーナ・アリルーエワ)が,11月22日に結腸癌(colon cancer)で亡くなったそうです。

ちなみに,スターリンとは「鋼鉄の人」という意味合いを持つ言葉だそうですが,トロツキーによれば「スターリ」が正しいとのこと。

ラナ・ピータースさんの死去を伝える産経エクスプレスの記事
歴史の生き証人であった人がまた一人,この世を去ってしまったわけです。

彼女は,秘密のヴェールに包まれていたスターリンの日常を知る人物として,非常に重要な存在でした。
特に,スターリンの人間性を知る上では欠かすことのできない証人として,数々のドキュメンタリー作品のインタビューに答えています(当然CIAなどの国家機関の聴取も受けています)。

例えば,エドワード・ラジンスキーの『赤いツァーリ ― スターリン,封印された生涯』という著作にもスターリンの人柄を描写した彼女の証言が登場してきます。

赤いツァーリ―スターリン、封印された生涯〈上〉

エドワード ラジンスキー / 日本放送出版協会


赤いツァーリ―スターリン、封印された生涯〈下〉

エドワード ラジンスキー / 日本放送出版協会


スターリンの人物評として報道記事の中に「非常に単純で粗暴であり、残酷な男」という表現がありますが,これと似たことを言った人物にレーニンがいます。

レーニンは最後まで,スターリンに共産党とロシアの将来を託すことに不安を感じていたようですが,その懸念は現実のものとなり,恐怖政治による硬直化した社会を築き上げ,最終的には1991年にソ連崩壊に至る布石を着実に築き上げていくことになります。

そしてスターリンは,粗暴で残忍なだけではなく,非常に猜疑心が強く嫉妬深い人物であったことが知られています。
いわば,彼の恐怖政治はこの猜疑心と嫉妬心が作り上げたものだったのです。

たとえ,彼に忠誠を誓い,彼を恐れて逆らおうとしない人物であっても,一度頭角を現すと要注意人物としてインプットされ,何かのちょっとしたキッカケで粛清されるということが日常的に行われていたのです(親族であっても例外ではなく,彼の逆鱗に触れることがあればいつの間にか消えているということもありえたのです)。

そのくせして,彼の最大の敵であったヒトラーを信用して,ドイツ軍が国境を越えて侵攻してきても,しばらくの間はドイツ軍が攻めてくるはずがないと言い張っていたらしいですが・・・(どうやらスターリンは,当時のドイツはソ連に攻め込む余裕が全くないという目算を持っていたらしいです)。

さて,死亡報道の記事には,独裁者の代名詞として国の内外を問わず恐れられたスターリンの娘ともなれば,なかなか普通の生活を営むのは難しいということが簡単にですが書き綴られています。

ソ連からの亡命後の生活について,政治的囚人と同じで「自由な日は一日としてなかった」と語ったと伝えられていますが,それは恐らく亡命前のソ連でも同じだったことでしょう。

スターリンの死後,権力を掌握したフルシチョフは「スターリン批判」によってスターリン体制からの脱却を声高に主張していましたから,そのような雰囲気の中,ソ連国内でスターリンの親族に対する逆風が吹き荒れていたことは容易に想像できます(だからこそ亡命し,ソ連崩壊後もロシアに帰国しなかったのでしょう)。

実際,記事の中にも書かれてありますが,彼女の人生は時代に翻弄されたというよりは,スターリンという存在によって狂わされたといえるでしょう。

本人ではないのに独裁者の親族であるというだけで針のむしろに座らされるような日々を送らなければならないというのは,犯罪者の親族にも共通するところがありますね。

ご冥福をお祈りします。

【関連情報】
スターリンの娘、スベトラーナ・アリルーエワさんが死去(時事ドットコム)
亡命、4度の結婚、親戚との確執… スターリンの娘、波乱の人生に幕(産経ニュース)
スターリンの一人娘、米で死去 「父のせいで、どこにいても政治的囚人だった」(産経ニュース)

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-11-30 15:03 | HP(歴史) | Trackback | Comments(0)

期待はずれの新型iPhone

アップルが,「史上最高のiPhone」と豪語しているiPhone4S。

ところがこの「史上最高のiPhone」に,ケチをつける御仁が現れた。
その御仁とは,Mike ElganというアメリカのIT関連のコラムニストらしき人。

実際に使ってみたところ,なんだかんだと前のモデルのiPhone4よりも性能的に劣っているのではないかという印象をお持ちになったとのこと。

で,この方はどういう不満をお持ちかというと…

1)バッテリーの持ちが悪い(体感的に,前モデルの半分程度の時間しか持たないとのこと。iOS5がバッテリー食ってるんじゃない?との疑惑をお持ち…)

2)手ブレ補正機能が全然効かないじゃん(カメラ機能は前モデルに比べて,飛躍的に向上したとアップルは言ってるんだけどねえ)

3)画面が黄色っぽい(ブラックモデルが特にひどいらしい)

4)何だか,アプリケーションのデザインが安っぽい(何だか,前よりもデザインのセンスが悪くなってるんじゃない?)

5)iCouldの使い勝手が悪い(なんだかGoogleのGmailなんかと連動させると,Siriがちゃんと動作しないんですと…)

6)話題の音声認識機能をもつアプリSiriの信頼性が低い(ちゃんと言葉を認識してくれないときがあるだけじゃなく,アップルのサーバーにちゃんとアクセスできないときがあるらしい)

下記のリンク先に記事が載っているので,詳しくはそちらを参照ください。

【関連情報】
なぜ iPhone 4S を買わないで、iPhone 5 の発売を待つべきなのか?(Japan Internet.com)
Why You Should Wait for the iPhone 5(Datamation,上記記事の原語版コラム)

まあ,こういった不満というのは誰かしら必ず言い出す人がいるわけですが,でもこの人の言い分は独りよがりのクレームというわけではないみたいです。

実際,CNNなんかでもiPhone4Sの不具合について,このコラムニストと同じような現象がいくつか判明していると報道しているんですから…。

果たして,発売直後から手にしているみなさんは,どういう感想をお持ちでしょうか?

【関連情報】
iPhone公式サイト(アップル・コンピュータ)
iPhone4Sの問題点5つ 通信速度、バッテリー、カメラ・・・ (CNN.co.jp)

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-10-26 17:33 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

今そこにある危機

iPhone4S発売によって,またスマートフォンやタブレットPCの販売競争が加熱気味になっていますね。

最近では携帯電話よりもスマートフォンをいじっている人の方が多く,電車の中で右を見ても左を見ても,必ずスマートフォン(特にiPhone)をいじっている人を必ず3人ぐらいは見かけます。

それだけiPhoneを筆頭とするスマートフォンは,人々の物欲を大いに刺激する要素をたんまりと備えているということを表しているわけですね。

しかし,ここ数年来のスマートフォン・タブレットPCブームは,利便性の向上,より広い情報端末の普及を促している一方で,ネット詐欺やサイバーテロの脅威を確実に増大させているのも事実です。

時々ニュースで官公庁や企業へのハッキング等の事件を見かける程度で,一般にはあまりなじみが薄いかに見えますが,インターネットの普及以来あらゆる情報端末がその脅威にさらされ続けているのです。

そんな大層な情報も持っていないし,自分は関係ないやと考えている人も数多いようですが,そういう認識を持っている人々が,実はネット詐欺やサイバーテロの主たるターゲットになっているのです。
特に,セキュリティに関心の薄い,ウィルス対策も何もやっていないよという人々は,彼ら詐欺師やテロリストにとっては最も有力な協力者と言えるのです。

セキュリティに対する認識の甘い人が使っている情報端末は,当然セキュリティ対策も甘甘なので,トロイの木馬などのウィルスを仕込みやすく,官公庁や企業の攻撃の踏み台にされたり,有害なサイトに誘導されて金銭的被害を被ったりすることになります。

特に最近のスマートフォンやタブレットPCの急激な普及は,テロリストにとってみれば,より広範囲に被害を拡大させる絶好の機会であるわけです(詐欺師にとってみれば,カモの大量増員によってウハウハ状態ということになります)。

スマートフォンやタブレットPCの中で,Android端末はオープンソース(ソフトウェアを開発する上での基本的な設計情報を一般に広く公開すること)のOSなので,Androidに対応したアプリケーションは開発しやすいのですが,その分悪意のあるプログラムによってOSが異常動作するように改変することも容易になります。

ですから,Android端末にはセキュリティソフトをインストールすることが推奨されているわけですが,果たしてどれだけの人がそれをやっているのか……。

オープンソースのOSではないiOSを搭載しているiPhoneやiPadのユーザーの方が多く,iOS向けの製品は一部限定的にセキュリティベンダーがサービスを提供しているだけで,アップル自体も特に対策を講じていないようなので,こちらの方がもっとセキュリティに対する認識は甘いといえるでしょう。
メーカーがセキュリティ対策に消極的なのは,OSの基本情報を公開しておらず,iOS用アプリの認定プロセスを厳格に遵守しているという自負があるのでしょうが,だからといって悪意あるプログラムによる攻撃を回避できると考えるのは軽率です。

シマンテックなどのセキュリティベンダーが調査した結果,iPhoneもセキュリティリスクへの対策は万全ではないとの判定を下していますし,今後iOSでもセキュリティを強化していく方向で対策を講じる必要があると思います(セキュリティベンダーがこのような判定をしたということは,少なくともクラッカーがOSの基本情報がなくとも解析ができ,悪意ある攻撃によってOSにダメージを与えることは可能であることを示しています)。

世界的にも普及著しいiPhoneはテロリストの格好のターゲットといえます。
なぜなら,テロリストは被害がより大きく,攻撃が最大限の効果を及ぼすように,その手段を考えるからです。
このiPhoneに対する攻撃が成功すれば,世界中の多くの人々にテロによる打撃を与えることができるでしょう。

このようなことを踏まえ,メーカーサイドでセキュリティソフトの導入はオプションではなくデフォルトとすべきだと私は考えます。

今そこにある危機を認識せず,「自分は関係ない」と思っている人が実は大きな被害をもたらすファクターになるのです。

結局,セキュリティを確保するためには人々の危機意識,取り組む姿勢が最も重要なのですが,それを持てない人々には,半ば強制的にでもセキュリティ対策をメーカーサイドで講じるほかないと思うのですが…

【関連情報】
Androidユーザー必見 セキュリティ企業5社に聞くウイルス対策(仕事術 - エキサイトニュース)
iOSとAndroidのセキュリティレベルはいかに?(IT media)
情報セキュリティ(独立行政法人 情報処理推進機構)

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-10-25 12:28 | 社会問題一般 | Trackback | Comments(0)

iPhone4Sの実力は?

話題の次期iPhoneが10月14日に発売されるそうですね。
【関連情報】
iPhone 4S、ソフトバンクとauから14日発売(エキサイトイズム) - エキサイトニュース
iPhone 4S発表。iPhone4と同じとこ、違うとこ。(ギズモード・ジャパン) - エキサイトニュース
『iPhone4S』発表 800万画素カメラで8時間通話の長寿命バッテリー(ガジェット通信)
今夜のApple発表はがっかり?びっくり?【湯川】(TechWave) - エキサイトニュース

まだかまだかと待ち焦がれていた方も多いようで,iPhone4から乗り換えを考えている人も割と多いようですね。
しかも,今回の新iPhoneの公式発表は前の時に比べて,かなり焦らされ続けで様々な憶測が流れていたりしたわけですが,これも新製品への期待度をさらに高めようというアップル流の販売戦術なんでしょうね。

でまあ,今回の新製品の名称が「iPhone5」じゃなくて「iPhone4S」となっていることに,「何故?」と思われている方も多いことでしょう。
かくいう私も何故iPhone4に「S」が付いてるねんと思ったりしました。

iPhone4のマイナーチェンジを連想する名称なんで,どうしてだろうとか思ったりしています。
ひょっとして,中国の偽iPhone5と混同されることを恐れての「4S」なんですかね?
だったら,いっそのこと「iPhone-i」(inventor=元祖の「i」)とかにしたらいいんじゃない?とか,勝手に考えていたりします。

名前がマイナーチェンジっぽくて見た目はiPhone4と同じでも,中身は違うぜということが強調されています
(上のリンクの記事に掲載されている内容を見ると,大幅な機能強化がされているとのことですが,どの程度のものなのかは,実際に使ってみないことにはわかりませんが…)。

バッテリーが長寿命になりましたとか(といってもiPhone4より1時間伸びた程度らしいですが),ネットワークのスピードが倍になりましたとか,通信方式が選べますとか,CPUがiPad2と同じになりましたとか,内蔵カメラの性能が向上しましたとか,いろいろ言ってますが,その程度なら現行のiPhone4でとりあえず我慢して使っていたほうがいいんじゃないのとか私は思ってしまいます。

バッテリーの寿命が公称1時間アップというのは,実質的には大して変わっていないのと同じ。やっぱり3時間程度の差が出ているようでなければ,体感的にも実際にも変化はないと思いますね(それに使用状況によってもバッテリーの持ちは変わってきますし…。

ネットワークのスピードにしてもベストエフォートなんで,以前より劇的に早くなったってことにはならないでしょうしねえ。

CPUについても,仕事でiPad2を使った感想を申し上げれば,それほど早いとは思えませんし,ゲームのようなメモリを食うソフトを立ち上げると途端に遅くなるでしょうしね。

実は,内蔵カメラの性能向上についても,大したことないんじゃないかと思っていたりします。
これまでに比べて解像度の大幅なアップと高速撮影が可能になったことは評価できるんですが,いかんせんそれだけじゃないんですよね。
iPad2を使って感じたことですが,カメラの機能面がシンプルすぎて携帯電話の足元にも及ばないという印象でした。

画像処理機能が不十分で,オートで撮影したらボケボケの粗粗の写真になってしまいますし,まずもってマニュアルでの設定ができません。
クリエイティブな分野で名を売ってきたアップルがそんなことでいいのか?と思えるような仕様なのはいただけません。

注目の(Android端末では実用化済みの)音声操作機能は,今のところ日本語非対応だそうなんで,買ったところで使えない人続出の可能性大です。
だけど,犬に指示をするように「動詞+名詞」の命令型の単純な単語の組み合わせでも操作できるらしいんで,それほど難儀することはないようですが…。

実際のところ新機種については,操作性・性能についても公式発表のみで,使用レポートが出ているわけでも,デモ機がいじれるわけでもないので,新旧の比較がわかりづらいところはあります。

よく発売直後に手を出してしまう方が多いようですが,とりあえず様子見で10月14日以後にデモ機をいじってみて,新機種に換えるかどうかを判断したほうがよさそうですよ。

だけど考えてみたら,ここのところアップルの新製品発売の周期ってすごく短いんですよね。こんな短い開発期間では,大幅な機能向上は図れないのではとか思ってしまうのはわたくしだけですかね?



インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-10-05 10:02 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

バッテリーも腹八分が長生きの秘訣

腹八分に医者要らず
【意味】大食いをせずにいつも腹八分でやめておけば健康でいられるということ。(大辞泉)

これは,「暴飲暴食は控えましょう」という意味合いの標語として「腹八分目」という短縮型でよく使われる慣用表現ですよね。

腹パンパンになるぐらいに飲み食いをしていると,胃や腸に負担がかかるだけでなく,心臓・肝臓・腎臓等の機能にも悪影響を及ぼすようになるというのは医療関係者だけではなく,一般の人たちの間でも今や常識となっていますよね。

ただ,この「腹八分…」というのは,我々人間などの生物に限ったことではなく,機械類にも当てはまる事象らしいんですね。

実は,日経PC21の10月号に,「駆動時間2割増! 寿命も延ばせる!バッテリーを長持ちさせる」という特集が掲載されていて,そこにはバッテリーをフルに充電させ続けると,寿命が縮むという趣旨の内容が書かれてありました。

充電と放電を繰り返すことによって電池の性能が落ちていくというのは,蓄電池一般に見られる現象なのですが,このうちバッテリーをフルに充電させた状態で電源をつなぎっぱなしにしていると,想定されていた期間よりも早くに寿命が来てしまうらしいのです。

日経PC21によれば,バッテリーの保存状態によっては寿命を若干延ばすことができるそうで,そのコツとしては,

(1) 40度を超えるような高温になるようなところに放置しない(車の中に長時間置きぱなしというのはNG。放熱口にモノを置いたりして熱風を逃がさないようにするのもNG)
(2) フル充電状態を維持することなく,電源につないで使用する場合はバッテリーを外す。
(3) バッテリーを使用する場合にもフル充電にせず,80%程度に抑える。
(4) バッテリーをPCから外して長期間保管する場合は,50%充電にして涼しい場所に置いておく。

ということだそうです。

暑いとバテて性能をフルに発揮できないのは人間も同じ。
また,暴飲暴食を繰り返せば長生きできなくなるところも似ていますね。

まあ,「足るを知る」ってところが人間だけじゃなくて機械も長生きさせるコツってことなんでしょうね。

ノートパソコンをお使いの方で,バッテリーを外さないで電源使い続けている場合は,家電量販店で展示しているように,バッテリーは外して置いたほうがよいですよ。

【関連情報】
日経PC21(日経BP社)


インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-09-17 16:40 | その他 | Trackback | Comments(0)

セダンの呪縛

本日、9月2日は「セダン・デイ」です。

「セダン・デイ」とは、フランス皇帝ナポレオン3世がプロイセンを中心とするドイツ諸邦の連合軍に敗北を喫し、そのまま囚われの身となった普仏戦争(1870~71)の趨勢を決した戦いの記念日です。

プロイセン王国宰相オットー・フォン・ビスマルクの挑発に乗ってオーストリア=ハンガリー帝国を除く北ドイツ連邦とバイエルン王国中心とする南独諸邦の連合軍との開戦に踏み切ったフランス皇帝ナポレオン3世は、戦闘準備もままならないままに開戦に踏み切り、速攻を仕掛けるプロイセン軍の作戦に翻弄されたフランス軍は、国境の町ウィサンブールにて敗北を喫し、体勢を立て直す余裕を与えられることなく緒戦から連敗続きでした(実は、勝ち目がないわけではなかったのですが、フランス軍総司令部内における作戦指揮における混乱と対立から効果的に軍を展開できなかったため、プロイセン軍の機動戦に敗れることになったそうです)。

やがて、ナポレオン3世は1870年9月1日にセダン城においてドイツ諸邦軍に包囲され、2日間にわたるドイツ諸邦軍の総攻撃を受けて、翌2日にはマクマオン元帥指揮下のフランス軍主力8万3千人とともに降伏。これをもってフランス第2帝政が事実上崩壊しました(記録上は、9月4日のパリにおける共和制宣言により第2帝政崩壊となっています)。

ちなみに、この時攻撃に参加していたビスマルクは、ナポレオン3世がセダン城にいることを知らなかったそうで、てっきり皇帝はパリにいるものと思っていたようですが、実は自分たちの目の前にいたというわけです。

ビスマルクにしてみれば、ナポレオン3世が捕虜になるのは計算外のことで、このことで帝政が瓦解し、新政府が成立することになるのは容易に想像ができます。
つまり、戦争を始めた張本人と終戦の交渉を行うことができなくなることを意味しており、戦争が長期化する恐れがあったのです。

案の定、9月4日にパリで第三共和制が宣言されてからのフランス国内情勢は混迷を極め、和平派と徹底抗戦派との内乱に発展し、パリ・コミューンという社会主義者による政権が成立することになります。

ここいらへんの詳細については、大佛次郎(おさらぎじろう)の名著『パリ燃ゆ』に記されています。

新装版 パリ燃ゆ I

大佛 次郎 / 朝日新聞社


さて、このナポレオン3世がドイツ諸邦連合軍に投降した9月2日は、ドイツにとってはヴェルサイユ宮殿の「鏡の間」においてドイツ帝国成立が宣言された1871年1月18日と並ぶ、輝かしい戦勝記念日として記録されることになりますが、フランスにとっては最大の屈辱と憎悪の記念日として人々の間に記憶されることになります。

この「セダン・デイ」(セダン記念日)は、これ以降、第2次世界大戦に至る独仏関係を縛りつける鎖の象徴となり、歴史における重要な転機となります。

実は、第1次世界大戦におけるドイツ軍の緒戦における作戦計画(シュリーフェン・プラン)で、「セダン・デイ」である9月2日は対仏作戦完了目標日となっていました。
ドイツ側は過去の戦勝にあやかってゲンカツギとして、この日を目標日にしていたんですね。

なお、フランス側にとってセダンの戦いは、第1次大戦、第2次大戦を通してドイツ軍との戦いの際のトラウマとして、何度となく頭をもたげてくる悪夢として刻み込まれることになってしまいます。

日本では、あまり有名ではない記念日ですが、世界史的に見ると「セダン・デイ」は大きな意味をもつ、非常に重要な事件であったのです。

【関連情報】
普仏戦争(Wikipedia)
シュリーフェン・プラン(Wikipedia)

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-09-02 23:35 | HP(歴史) | Trackback | Comments(0)

デイリー4コマ終了

毎日楽しみにしていた4コマ・サイトがとうとう終焉を迎えるようです。

08月12日にアップされたlivedoorデイリー4コマ編集部のブログ記事に「2011年8月末をもって更新を停止させていただくことになりました」との記載があり、約7年の歴史にとうとう終止符が打たれることになってしまいました。

【関連情報】
こちら デイリー4コマ編集部:デイリー4コマ更新停止のお知らせ(デイリー4コマ編集部ブログ)
livedoorデイリー4コマ(livedoorコンテンツ)

なぜ急に止めることになってしまったのかは明らかにされていませんが、「それは大人の事情ってことで察してね」という雰囲気が編集部のブログ記事に漂っています。

やはり、このようなお知らせに、ユーザー、作家、Y-1グランプリの挑戦者などなど、いろいろな方々がブログだけでなくツィッター等のSNSで終了を惜しむコメントを書き込んでいます。

デイリー4コマで「無責任魔法少女マホ」という漫画を連載しているかまだいつきさんもツィッターで「デイリー終了のアナウンスが出ましたな。マホもあと一話です。ただただ残念」とのコメント。

かまださんはデイリー4コマ1本で連載をやってこられたそうで、その分デイリーへの思い入れもひとしおなんでしょうね(単発で商業誌に作品を掲載していたことはあるようです)。

それにデイリーの作家さんたちは、わりかし連帯感があって、度々飲み会を催したり4コマ同人誌を作ったりと、いろいろなことに協力して取り組むという特徴がありました。
なかなかフレンドリーで、ギスギスしたところがないというのもデイリーの作家さんたちの特徴だったのではないかと思います。

私にとってのデイリー4コマは、4コマ漫画の楽しさを再認識させてくれただけではなく、いろいろな作家さんたちと知り合う機会を提供してくれた場でもありました。

これまでにお知り合いになれた作家のみなさんとは、時々ツィッターで対話をしたりするんですが、なかなか面白い方々ばかりです。

先にご登場のかまださんはウィットに富んだ方ですし、くりきまるさんは濫読家でなかなか博識であったりします。
鈴木雄一郎(日路)さんは、「良い話ばかりを描いているのは偏った発想の持ち主」との意見を披瀝され、なるほどなあと感心したことがあります。
川村りばーさんとは、時々料理とか日常のたわいのない話を交わしたりしています。

このような作家さんたちの作品を見る機会が減ってしまうというのは本当に残念でなりません。
それに作家さんとユーザーとの交流の場でもあったんですけどね。デイリー4コマって・・・。

これで一つ、日々の楽しみが失われてしまうのは寂しい限りです。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by mmwsp03f | 2011-08-22 01:03 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

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